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東京地方裁判所 平成3年(行ウ)224号 判決

原告 柴田松年

被告 立川税務署長

代理人 小池晴彦 時田敏彦 ほか二名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が平成元年七月三一日付けでした原告の昭和六一年分の所得税についての更正のうち、総所得金額一五一万五〇〇〇円及び分離短期譲渡所得の金額八五七万八二三八円(納付すべき税額三三九万五九〇〇円)を超える部分並びに過少申告加算税賦課決定を取り消す。

第二事案の概要

本件は、原告が昭和六一年中に譲渡した東京都立川市内の資産の譲渡所得の確定申告に当たり、昭和六二年五月中に買換資産を取得して事業の用に供する見込みであるとの申請書を提出して、昭和六二年法律第九六号による改正前の租税特別措置法(以下「法」という。)三七条四項の規定の適用による事業用資産の買換えの場合の譲渡所得課税の特例の適用を受けようとしたが、買換資産を昭和六三年一二月まで取得することができず、その間二度にわたり取得指定期間の延期を申請する趣旨の書面を提出していた案件について、被告が原告について右買換えの特例の適用がないとして更正をしたため、原告がその取消し等を請求した事案である。

一  特定の事業用資産の買換えの場合の譲渡所得の課税の特例に関する法制

法三七条一項は、特定の事業用資産の買換えの場合の譲渡所得の課税の特例として、その資産を譲渡した日の属する年のうちに一定の買換資産を取得し、かつその取得の日から一年内に一定の地域内にある当該個人の事業の用に供したとき又は供する見込みであるときは、その取得価額の限度内で当該資産の譲渡が存在しなかったものとして所得税を課するものとしている。そして、右規定の適用を受けるためには、その資産譲渡をした日の属する年分の確定申告書に、同項の規定の適用を受けようとする旨を記載し、かつ、明細書その他の大蔵省令(平成元年大蔵省令第四一号による改正前の租税特別措置法施行規則〔以下「規則」という。〕一八条の五第三ないし五項)で定める書類(以下「六項書面」という。)を添付しておかなければならない(法三七条六項)。やむを得ない事情により、その確定申告書の記載及び六項書面の提出又は記載がなかったときは、その旨記載した書類(以下「七項書面」という。)とともに六項書面を提出すれば、当該税務署長の裁量により、第一項の規定を適用を受けることができる(法三七条七項)。

法三七条四項は、右の課税の特例に関する規定を、資産譲渡の翌年中に買換資産を取得する見込みであり、かつ当該取得の日から一年以内に当該買換資産を一定の地域内にある当該個人の事業の用に供する見込みである場合に準用している。この場合は、大蔵省令で定めるところにより納税地の所轄税務署長の承認を受ける必要がある。規則一八条の五第二項によれば、右の承認を受けようとする者は、譲渡した特定の事業用資産につき法三七条四項の適用を受けようとする旨、買換資産の取得予定年月日、その取得価額の見積額その他の明細を記載した申請書(以下「四項承認申請書」という。)を、資産を譲渡した日の属する年分の確定申告書の提出の日(やむを得ない事情により、その確定申告書の記載及び六項書面の提出又は記載がなかったときは、七項書面及び六項書面の提出の日)までに、納税地の所轄税務署長に提出しなければならない。

また、法三七条四項かっこ書きは、同条三項の政令で定めるやむを得ない事情(工場等の敷地の用に供するための宅地の造成並びに当該工場等の建設及び移転に要する期間が通常一年を超えると認められる事情、その他これに準ずる事情がある場合、昭和六二年政令第三三三号による改正前の租税特別措置法施行令(以下「令」という。)二五条一五項)があるため、資産譲渡の翌年中に買換資産の取得をすることが困難である場合であっても、その翌年の一二月三一日後二年以内の日までの所轄税務署長が認定する期間内に買換資産を取得する見込みがあり、かつ当該取得の日から一年以内に当該買換資産を所定地域内にある当該個人の事業の用に供する見込みであれば、右の課税の特例の規定を準用する。この場合には、右のとおり四項承認申請書を提出するほか、右のやむを得ない事情の詳細、買換資産の取得予定年月日及び法三七条四項に規定する認可を受けようとする日、その他参考となるべき事項を記載した申請書(以下「四項かっこ書き適用申請書」という。)を納税地の所轄税務署長に提出し、所轄税務署長から買換資産の取得時期の見込み期間の認定を受けなければならない(法三七条四項かっこ書き、令二五条一七項)。

二  前提となる事実

1  次の事実は、概ね当事者間に争いがない(証拠により認定した事実は、証拠を掲記した。)。

(一) 原告の昭和六一年分の所得税について、被告が平成元年七月三一日付でした更正及び過少申告加算税賦課決定、原告がした不服申立並びにこれに対する応答の経緯は別紙「本件課税処分の経緯」記載のとおりである。

(二) 原告が昭和六一年三月三日に譲渡した土地及び建物(以下「本件譲渡物件」という。)のうち、その譲渡による所得が法三一条に規定する分離課税の長期譲渡所得に該当するのは、〈1〉東京都立川市曙町一丁目四一番二所在の土地二一二・九五平方メートル及び〈2〉同所四一番所在の建物一棟であり(以下一括して「本件長期譲渡物件」という。)、また、その譲渡による所得が法三二条に規定する分離課税の短期譲渡所得に該当するのは、〈3〉同所同番六所在の土地一四〇・六三平方メートル、〈4〉同所同番七所在の土地一六〇・三九平方メートル及び〈5〉同所四一番所在の建物(以下一括して「本件短期譲渡物件」という。)である。

(三) 原告は、その昭和六一年分の所得税の確定申告にあたり、本件長期譲渡物件の譲渡について法三七条四項による特定の事業用資産の買換えの特例の適用を受けるため、法定申告期限内である昭和六二年三月一六日、被告に対し、事業用資産の買換え承認申請書(四項承認申請書)を添付し、かつ「措三七―〈4〉」と付記した分離課税用確定申告書を提出した。

(四) 原告は、昭和六二年五月二〇日被告に対し、買換資産の取得予定日を一年間延長することを申請するとして、同月一九日付「取得指定期間の延期申請書」を提出した。

(五) 原告は、昭和六二年中に本件譲渡資産の事業用の買換資産として、東京都立川市高松町二丁目一四一番地二一所在の建物一五八・二三平方メートル及び治療器具一式を買受取得し、同年から翌六三年までの間にそれぞれを事業の用に供した(以下「本件立川物件」という。)。この資産は買換資産として特例の適用を受けることができるものである。

(六) 原告は、昭和六三年五月一九日被告に対し、買換え取得予定日を昭和六四年五月二〇日として、昭和六三年五月一七日付「取得指定期間の再延期申請書」を提出した。

(七) 原告は、〈1〉 昭和六三年一二月二日、仙台市泉区永和台二八番地一一九所在家屋番号二八番一一九木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建共同住宅兼店舗を買い受けて取得し、〈2〉 同月一五日、同市宮城野区銀杏町一四四番地一同番地二所在家屋番号一四四番一鉄筋コンクリート造陸屋根四階建共同住宅を新築して取得し、〈3〉 同市泉区歩坂町七二番地一八四所在家屋番号七二番一八四木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建店舗兼共同住宅を買い受けて取得し、同年中にそれぞれの一部を事業の用に供し、更に残余部分を平成二年一月以降に事業の用に供した(以下、一括して「本件仙台物件」という。〈証拠略〉)。

2(一)  原告は、本件仙台物件が本件長期譲渡物件の譲渡所得について買換資産に当たると主張し、被告は、これを争い、右物件が買換資産に当たらないものとしてした原告の昭和六一年分の総所得金額、分離課税の長期譲渡所得の金額、分離課税の短期譲渡所得の金額及びその算定根拠が次のとおりであると主張する。

(1) 総所得金額             一五一万五〇〇〇円

給与所得の金額で、原告の申告額と同額である。

(2) 分離課税の長期譲渡所得の金額 一億八一一七万一七六九円

譲渡収入金額           二億一四一七万八三〇四円

右の譲渡収入金額は、本件譲渡物件の譲渡価額六億四一五二万一〇〇〇円のうち、その土地の総面積に占める本件長期譲渡物件の土地の面積の割合を乗じて算定した二億六五七九万七四一四円から、買換資産として本件立川物件の取得価額である五一六一万九一一〇円を控除した金額である。

控除する取得費            二三八四万五四〇二円

右の取得費の額は、原告が昭和四七年に本件長期譲渡物件中の土地を購入するに当たって小川良及び廬順序に支払った金額二五八八万円と右購入のための借入金に対する昭和四七年八月から昭和五一年七月までの期間に係る支払利息三七一万二三八二円との合計額について、右の本件譲渡物件の譲渡価額に占める譲渡収入金額の割合(以下「本件譲渡収入割合」という。)を乗じて算出した金額である。

控除する譲渡費用            九一六万一一三三円

右の譲渡費用の額は、いずれも本件譲渡物件についての、〈1〉 和解金の一部八〇〇万円(これらの物件については、原告が株式会社片桐屋に対する売却契約を解除したうえ、多摩物産株式会社に売却したものであることから、原告が株式会社片桐屋に対して支払った和解金から既に多摩物産株式会社から受領済みの譲渡代金の一部を控除した金額である。)、〈2〉 収入印紙の額一〇万円(多摩物産株式会社との売却契約書の貼付された収入印紙につき原告が負担した金額である。)、〈3〉 登記費用の額三万四四〇〇円及び〈4〉 仲介手数料の額一九三〇万五六三〇円(原告が仲介を依頼した住友不動産販売株式会社に対して支払った金額である。)の合計額に、本件譲渡収入割合を乗じて算出した金額である。

差し引き             一億八一一七万一七六九円

(3) 分離課税の短期譲渡所得の金額   八九九〇万〇〇二〇円

譲渡収入金額           三億七五七二万三五八六円

右の譲渡収入金額は、本件譲渡物件の譲渡価額から前記本件長期譲渡物件の占める譲渡対価の額を控除した額である。

控除する取得費          二億六九七五万二五九三円

右の取得費の額は、原告が本件短期譲渡物件中土地を購入するについて、昭和五六年に青木正雄及び小川良に支払った金額四九九五万二〇〇〇円、右購入のための借入金に係る支払利息一七〇二万五一四三円、登記費用の額八七万五四五〇円及び仲介手数料の額九九万円並びに昭和六一年に本件短期譲渡物件中石川カクに支払った金額一億九五〇〇万円及び仲介手数料の額五九一万円の合計額である。

控除する譲渡費用           一六〇七万〇九七三円

右の譲渡費用の額は、いずれも本件譲渡物件について、前記の、〈1〉 和解金の一部八〇〇万円、〈2〉 収入印紙の額一〇万円、〈3〉 登記費用の額三万四四〇〇円及び〈4〉仲介手数料の額一九三〇万五六三〇円の合計額から、本件長期譲渡物件に係る前記の譲渡費用の額を控除して算出した金額である。

差し引き               八九九〇万〇〇二〇円

そうすると、仙台物件が買換資産に該当しないとした場合には、原告が納付すべき税額は、七四二一万七九〇〇円となる。

(二)  原告は、右主張のうち事実関係については明らかに争わないからこれを自白したものとみなされ、計算関係についても明らかに争わないところ、右方法は所得算出の方法として合理性があるものと認められ、これを適用した算定にも誤りのないことが認められる。そして、これによって算定された額は、いずれも本件更正において所得額等とされた額を下まわらないことが認められるから、仙台物件が買換資産に該当しないとすれば、本件更正は適法なものであることとなる。

三  争点

よって、本件の争点は次のとおりである。

1  法三七条四項かっこ書き及び令二五条一七項に規定する税務署長の承認の申請書は、特定の事業用資産の買換えの特例の適用を受けようとする資産の譲渡をした日の属する年分の確定申告書の提出の日までに提出しなければならないものと解すべきか、その日以降であっても提出することができるものと解すべきか。仮に後者であると解する場合、そのような承認の申請は、何時まで、何回できるものと解すべきか。

2  右1について採用される解釈に従えば、原告の提出した取得指定期間の延長ないし再延長の申請書によって、原告は、買換えの特例の適用を受ける資産の買換えの期間の延長を認められるべきことになるのか。

3  右1について、申請書を確定申告書の提出の日までに提出しなければならないと解される場合において、原告については法三七条七項によって買換え特例を適用すべきか。

4  本件処分に信義則に違反する点があるか。

四  争点についての当事者の主張

1  争点1について

(被告の主張)

法三七条四項かっこ書き及び令二五条一七項に規定する税務署長の承認の申請書の提出期限について明文の規定はないが、法三七条四項の規定の体裁からすれば、買換資産の取得見込みが翌年中であるか、それ以降の税務署長の認定した期間内であるかを問わず、買換資産を翌年以降に取得する見込みで本件特例を受けようとする者は、規則一八条の五第二項が定める本件特例を受けようとする旨の申請書を所轄税務署長に提出することが条件とされており、同時に、右の申請書は、資産の譲渡をした日の属する年分の確定申告書の提出日までに提出しなければならないのであるから、令二五条一七項の申請書も、遅くとも当該確定申告書の提出期限までに提出しなければならないものと解される。すなわち、買換資産を資産譲渡の翌年の一二月三一日後に取得する見込みで本件特例の適用を受けようとする者は、資産の譲渡をした日の属する年分の確定申告書の提出までに、令二五条一七項の規定する買換資産の取得時期が翌年中を越えることの承認申請を所轄税務署長に提出し、右申請に対するその税務署長の承認及び取得できるものとされる日の認定を受けていることが必要であり、右承認及び認定を付して、規則一八条の五第二項の本件特例の適用を受けようとする旨の申請書を所轄税務署長に提出することが条件とされていると考えられる。

(原告の主張)

法三七条四項かっこ書き及び令二五条一七項に規定する税務署長の承認の申請書の提出期限について定めがないことによれば、譲渡をした日の属する年の翌々年まで、申請をすることができるものと解するほかはない。法三七条四項そのものが、かっこ書きの適用を受ける場合と、その余の場合とで、政令と省令という立法形式によって明確に区分しているのであるから、政令に規定のない申請書提出期限につき、省令をもって補充することはできない。

また、「やむを得ない事情」が資産の譲渡を含む年の翌年が経過した後に発生したことをもって法三七条四項かっこ書きの適用を受けられないとする根拠は存しない。かかる場合、四項かっこ書き適用申請書の提出期限を強いて政令で固定すれば、法三七条が目指す所与の政策目的を達し得なかったり、或いは法所定の特例適用期間の一時期に偶々経済の激変期に入ったために、特例の適用を受けられない納税者が発生して課税の公平・適正の理念に反する結果となること等の事態が予想される。令二五条一七項は、このような視点から、四項かっこ書き適用申請書の提出期限を定めなかったものと解される。

2  争点2について

(被告の主張)

原告が譲渡の日の属する年分の確定申告書提出の日までに被告に対して提出しているのは、昭和六二年三月一六日に提出した買換え承認申請書のみであり、また、この書面に記載された内容は、規則一八条の五第二項に規定されている事項のみであって、そこには令二五条一七項に規定されている事項の記載はない。そうすると、原告は法三七条四項かっこ書きの適用を受けるために必要な申請書を提出していないといわざるを得ない。

(原告の主張)

法三七条四項かっこ書きの適用がある場合には、本件買換資産の取得期間は、平成元年一二月三一日までの期間中において被告が認定した日までということになる。そして、原告が本件仙台資産を取得した時期は、法三七条四項かっこ書き所定のとおり平成元年一二月三一日までの期間中である。原告は、被告に対し、法定の申告期限内である昭和六二年三月一六日に法三七条四項の税務署長の承認を求める申請書を添付して分離課税用確定申告書を提出したばかりでなく、買換物件として東京都立川市内にマンションを建築するため、その敷地の借地権者である荒井基男ほか四名と借地権の譲り受けについて交渉していたが、交渉が容易に成立せず、更に、交渉の相手方である荒井基男が昭和六三年四月二三日に縊死するという、原告にとっては全く予見不能なやむを得ない事情が発生し、買換資産の取得計画の変更を余儀なくされたため、被告に対し、昭和六三年五月一九日「取得指定期間の再延期申請書」を提出し、さらに、平成元年五月二〇日、本件仙台物件を本件譲渡資産の事業用の買換資産として、「譲渡所得計算明細書及び付属明細書」を提出したのである。そうすると、原告は、被告の認定した日を待つまでもなく、本件仙台物件につき法三七条四項かっこ書き所定の要件を充足した買換えを完了し、かつその旨の申請をしているのであるから、本件仙台資産についても法三七条四項かっこ書きの適用がされるべきである。

3  争点3について

(被告の主張)

法三七条四項は、「政令で定めるやむを得ない事情」がありさえすれば、資産譲渡の翌年の一二月三一日までの期間内に取得された資産について、買換資産の取得と認める趣旨のものではない。また、法三七条四項は、買換資産の取得時期について、譲渡資産の譲渡の翌年中の取得を原則としつつ、「政令で定めるやむを得ない事情があるため、当該翌年中に……資産を取得することが困難である場合において」と規定しているのであるから、やむを得ない事情が譲渡の翌年の一二月三一日までの期間内に発生していない場合には、右かっこ書きの適用を受ける余地がないといわざるを得ない。そうすると、荒井基男の死亡は、本件譲渡資産の譲渡の年の翌年の一二月三一日を経過した後のことであるから、令二五条一七項所定の四項かっこ書き適用申請書を確定申告書の提出期限である昭和六二年三月一六日までに提出できなかったことについて、やむを得ない事情とはならない。

(原告の主張)

法三七条七項は、買換え特例の適用を受けるために提出すべき確定申告書の記載及び六項書面の提出又は記載がなかったときについて、これがやむを得ない事情によるものであって、その旨を記載した七項書面とともに六項書面を提出すれば、当該税務署長の裁量により、買換え特例の適用を受けることができるとしているのである。そうすると、原告については、その買換資産の取得交渉中に相手方である荒井基男が昭和六三年四月二三日に縊死するという「やむを得ない事情」が発生しているのであるから、四項かっこ書き適用申請書が確定申告書の提出期限内に提出されていなくとも、右の法三七条七項の規定が適用されるべきである。

4  争点4について

(原告の主張)

被告の職員である竹谷係官は、昭和六三年に入ると、原告及びその妻に対し、「買換資産を本年中に取得するのでなければ買換えの適用を認められない。」、「まだ買換資産の取得はできないのか。」「その後どうなっているのか。」という問合せを一〇回以上にわたってしており、原告及びその税務代理人である井口冨也税理士が、昭和六三年一二月二七日に竹谷係官に対し、買換資産を取得した旨報告したところ、「一月早々にも買換資産の登記簿謄本を提出するように。」との指示を受けた。竹谷係官は、原告の買換え承認申請書、昭和六二年五月一九日付「取得指定期間の一年延期承認申請書」及び昭和六三年五月一七日付「取得指定期間の再延期申請書」に対する承認の可否等の稟議・決定を必要と認識しながら、これを経なくとも、昭和六三年中に買換資産を取得すれば法三七条の適用が認められるとして、原告に対し、昭和六三年中に買換資産を取得するように指導・勧奨したものである。

そうすると、被告が本件更正をしたことは、信義則に違反し、違法である。

(被告の主張)

竹谷係官が原告に対し、買換資産の取得期限の延長が認められない旨説明するとともに、本件立川物件のみを買換資産として修正申告書を提出するよう慫ようした事実はあるが、「昭和六三年中に買換資産を取得すれば法三七条の適用が認められる」等の説明をしたことはない。

五  争点に対する判断

1  争点1について

特定の事業用資産の買換えの場合における譲渡所得の課税の特例に関する規定の適用を受けようとする個人が、当該譲渡をした日の属する年の翌年中に買換資産の取得をする見込みである場合に、法三七条四項の規定による所轄税務署長の承認を受ける手続について、規則一八条の五第二項は、所定の事項を記載した申請書を当該譲渡をした日の属する年分の確定申告書の提出の日までに所轄税務署長に提出すべき旨を規定している。一方において、やむを得ない事情があって、当該翌年中に買換資産の取得をすることが困難である場合において、法三七条四項かっこ書きの規定により、税務署長の承認を受け、かつ、税務署長に、当該翌年の一二月三一日以降二年以内において買換資産の取得ができる期間としてその末日の認定を受ける手続について、令二五条一七項は、所定の事項を記載した申請書を所轄税務署長に提出すべき旨を規定するのみで、提出期限については何ら規定していない。いうまでもなく、政令の方が省令より上位の法形式であり、規則のように提出期限を規定することには何ら支障が考えられないのに敢えて上位の法令である政令が下位の法令である省令のような規定を置かなかったのには、それなりの意味があるものと考えられる。また、今後一年内に買換資産を取得できるかどうかについては、相当に確実な予測が可能であるが、二年以内に取得できるかどうか、更には三年以内に取得できるかどうかを予測することは、やむを得ないとされる事情によっては、相当困難であると思われるのであって、法三七条四項かっこ書きの規定が、当該譲渡をした日の属する年分の確定申告の提出の日までにそのような予測をすべきことを要求していると解するのは必ずしも当を得ないと考えられる。更に、やむを得ない事情は、右確定申告書の提出の日以後に発生し、或いは判明することが十分考えられるのであり、法三七条四項が、翌年中の次にかっこを付して当該翌年中に資産の取得をすることが困難である場合と規定したのは、その翌年中に後発的にその年中に資産取得が困難となるやむを得ない事情が発生し、或いは判明した場合をも想定しているのではないかと解釈する余地があると考えられる。現に、当裁判所に顕著な法の解釈・運用に関する国税庁長官の通達37―28の2は、やむを得ない事情について令二五条一五項が規定する「その他これに準ずる事情がある場合」について、〈1〉法令の規制等によりその取得に関する計画の変更を余儀なくされたこと、〈2〉売主その他の関係者との交渉が長びき容易にその取得ができないこと等をあげているのであって、これらの事情は、後発的に発生するのが常態であるようなものということができるから、法の執行に当たる行政庁も、当該譲渡をした日の属する年の翌年中にこのような事情が発生した場合も、やむを得ない事情に含まれると解釈していることが窺えるのである。

以上によれば、この点についての被告の主張は、これを採用することができず、法三七条四項かっこ書きの承認及び認定の申請書は、当該譲渡の日の属する年分の確定申告の提出の日までにこれをすることは要しないものと解すべきである。

もっとも、右のような申請ができるのは、法三七条四項によって、当該譲渡をした日の属する年の翌年中に資産の取得をする見込みであることについて所轄税務署長の承認を受けていること又は少なくともその承認の申請書を規則の定める手続に従い提出していることが前提となる(ただし、同条七項の場合を除く。)。そうすると、次に、同条四項かっこ書きの申請は、何時まで、何回できるのかが問題となるが、この点は、右規定上、税務署長が、当該翌年の一二月三一日後二年内に含まれるいずれの日であってもこれを認定できる余地のあるような時点における申請でなければならないから、その申請は、当該翌年の一二月三一日までにされなければならないこととなるし、税務署長は、当該申請に基づき、当該翌年の一二月三一日後二年以内の全期間について、いずれを取得の日とすべきかを判断して特定の日を指定するものであるから、一回の申請によって期間の延長の可否、その長さについて判断が尽くされることとなる以上、再度の申請の余地はないものといわざるを得ないこととなる。

2  争点2について

本件において、原告は、当該譲渡の日の属する年分の確定申告の提出の日までに、法三七条四項の翌年中に資産の取得をする見込みであることについて、税務署長の承認の申請を行っている(現実には、これに応じて税務署長の承認がされたという主張・立証はないが、法上税務署長が承認すべきであったものであったのであれば、それがあったものとして買換え特例の適用の有無を判断することができると考えられるから、この点は障害とならない。)。そして、原告は、その当該翌年において、取得指定期間の延期申請書を提出して、買換え取得予定日を一年間延長することを申請している。この申請に対して現実に税務署長の承認及び二年以内の期間における取得の日の認定がされたという主張・立証はないが、税務署長が、法上はそれをすべきものであったのであれば、それがあったものとして、買換え特例の適用の有無を判断すべきものと考えられるから、現実に認定等がされたか否かは、障害となるものではないが、右の申請に対して税務署長は、原告の申請した期間(昭和六二年五月二〇日から一年間)を越えて取得の日を認定する可能性は全くないものとみざるを得ない。そうすると、前記のとおり、この法三七条四項かっこ書きに規定する申請は、一回限りこれをすることができるものと解されるから、原告が買換え特例の適用を受けうる資産の買換えを行える期間は、右申請によって、昭和六二年五月二〇日から一年間と確定したものというべきである。そうすると、昭和六三年一二月に至って行われたとする本件仙台物件の取得は、右期間経過後の取得であることとなるから、買換資産の特例の適用を受けることのできる資産の取得に当たらないといわざるを得ない。

3  争点4について

原告が、被告担当者に信義則に反するような言動があったとして主張する事実について、証人井口富也の証言は、直接見聞した事実ではなく、原告本人が言っていたという事実を述べるに過ぎないから、到底採用に値せず、原告本人が言っていたという事実についても、それ自体明確でないうえに、〈証拠略〉の竹谷浩一の供述記載と対照すれば、そのような事実があったものと認める余地はないといわざるを得ない。他に右主張事実を認めるべき証拠はない。そうすると、被告担当者に、本件更正を違法とするような信義則違反があったとする主張を認めることはできないこととなる。

第三結論

以上によれば、原告の請求には理由がない。

(裁判官 中込秀樹 榮春彦 武田美和子)

別紙〈略〉

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